【1】書式概要
この契約書は、農地を工場用地などの事業用途に転用する際に必要となる売買契約の雛型です。農地は農地法という特別な法律によって厳格に保護されており、単純に売買するだけでなく、用途変更の許可を得なければなりません。
近年、地方創生や企業の工場移転、物流拠点の設置などで農地を事業用地として活用するケースが増えています。しかし、農地の売買には通常の不動産取引とは異なる複雑な手続きが必要で、許可が下りるまでに数ヶ月を要することも珍しくありません。この契約書は、そうした農地転用売買の実務に対応した内容となっています。
改正民法にも対応しており、現在の不動産取引実務で安心してご利用いただけます。農地を工場や倉庫、店舗、住宅開発用地として売却したい農家の方、事業拡大のために農地の取得を検討している事業者の方にとって、スムーズな取引を実現するための実用的な書式です。
農業委員会への許可申請から代金決済、所有権移転まで、一連の手続きを見越した条項構成となっており、トラブルを未然に防ぐ配慮がなされています。
【2】条文タイトル
第1条(売買の目的物)
第2条(売買代金及び支払方法)
第3条(許可申請手続き)
第4条(所有権移転及び引渡し)
第5条(負担の除去)
第6条(費用負担)
第7条(危険負担)
第8条(不許可による解約)
第9条(手付による解約)
第10条(協議事項)
【3】逐条解説
第1条(売買の目的物)
この条項では、売買の対象となる農地を特定し、転用目的を明記しています。農地法第5条の許可が必要であることを明示しているのがポイントです。
農地の売買では、所在地、地番、地目、面積を正確に記載することが重要です。例えば「○○市△△町123番地、地目:畑、面積:1,500㎡」といった具合に、登記簿に記載されている情報をそのまま転記します。転用目的も「工場用地として」と具体的に記載することで、後の許可申請との整合性を保ちます。
第2条(売買代金及び支払方法)
代金の支払いを手付金と残代金に分けて定めています。農地転用では許可が下りるまで時間がかかるため、一般的な不動産売買とは異なる支払いスケジュールとなります。
手付金は契約締結時に支払い、残代金は許可が下りてから10日以内に決済するという流れです。実際の取引では、手付金として売買代金の10%程度を設定することが多く、例えば1,000万円の売買であれば100万円を手付金とするケースが一般的です。面積については実測との差異があっても代金の増減をしない旨を定めており、これは農地売買でよく見られる取り決めです。
第3条(許可申請手続き)
売主と買主が共同で農地法の許可申請を行うことを定めています。農地転用の許可申請は、売主だけでなく買主の協力も不可欠です。
許可申請には、転用計画書、資金証明書、周辺への影響調査書など多くの書類が必要となります。例えば工場建設の場合、建築計画図、環境影響評価書、雇用計画書なども求められることがあります。申請から許可まで通常2〜4ヶ月程度かかるため、余裕を持ったスケジュールを組むことが大切です。
第4条(所有権移転及び引渡し)
許可が下りてから10日以内に残代金の支払いと同時に所有権移転登記と引渡しを行うことを定めています。
実務では、許可書が交付された後、司法書士を通じて登記手続きを進めるのが一般的です。農地の場合、地目変更登記も同時に行うことが多く、例えば「畑」から「宅地」へ変更する手続きも含まれます。引渡しでは、境界標の確認や隣地との境界立会いも重要な作業となります。
第5条(負担の除去)
売主が所有権移転時までに、買主の権利行使を妨げる負担を除去することを定めています。
農地の場合、小作権や地上権、抵当権などの負担が設定されていることがあります。例えば、農地に住宅ローンの抵当権が設定されている場合、売主は売買代金で一括返済して抵当権を抹消する必要があります。また、隣地との境界紛争がある場合も、売主の責任で解決することが求められます。
第6条(費用負担)
各種費用の負担区分を明確にしています。農地売買では、許可申請費用、登記費用、契約書作成費用など様々な費用が発生します。
許可申請にかかる費用(申請手数料、測量費、書類作成費など)は売主負担、登記費用は買主負担とするのが一般的です。例えば、1,000㎡の農地転用では、測量費が30〜50万円、許可申請の書類作成費が10〜20万円程度かかることがあります。契約書作成費用については、印紙代を含めて折半するケースが多く見られます。
第7条(危険負担)
契約締結後、引渡しまでの間に天災などで農地が損害を受けた場合の負担を定めています。
農地の場合、台風や洪水による土砂崩れ、地震による地盤沈下などのリスクがあります。例えば、契約締結後に豪雨で農地の一部が流失した場合、その損害は売主が負担し、買主が目的を達成できなくなった場合は契約が失効します。このような条項があることで、買主は安心して契約を締結できます。
第8条(不許可による解約)
農地法の許可が下りなかった場合の取り扱いを定めています。農地転用は許可制のため、申請しても必ず許可されるわけではありません。
不許可となる理由としては、農地の立地条件、転用計画の妥当性、周辺環境への影響などが挙げられます。例えば、優良農地に指定されている土地や、農業振興地域内の農地は転用許可が下りにくい傾向があります。不許可の場合は売主に責任がないため、手付金は無利息で返還されます。
第9条(手付による解約)
手付金による解約の仕組みを定めています。売主は手付金の倍額を支払えば、買主は手付金を放棄すれば、それぞれ契約を解約できます。
例えば手付金が100万円の場合、売主が解約したければ200万円を買主に支払い、買主が解約したければ100万円を諦めることになります。ただし、この解約権は相手方が契約履行に着手するまでの間に限られるため、許可申請を開始した後は基本的に解約できません。
第10条(協議事項)
契約に定めのない事項について、当事者間の協議で解決することを定めています。
農地転用は個別性が高く、予期しない問題が生じることがあります。例えば、許可条件として追加の書類提出や計画変更が求められた場合、工事中に埋蔵文化財が発見された場合など、契約書で全てを想定することは困難です。そのような際は、この条項に基づいて当事者が話し合いで解決を図ることになります。