【1】書式概要
この覚書は、自分が亡くなったり認知症になったりしたときに、SNSアカウントや暗号資産、ネット銀行、サブスクリプション契約といった「デジタル上の財産」をどう処理してほしいか、信頼できる人にあらかじめ託しておくための書式です。
現代では、ほとんどの人がスマートフォンやパソコンを通じて様々なデジタルサービスを利用しています。X(旧Twitter)やInstagramなどのSNS、ビットコインをはじめとする暗号資産、NetflixやSpotifyなどの月額サービス、GoogleドライブやiCloudに保存した思い出の写真……。これらは便利な反面、IDとパスワードを知らなければ誰もアクセスできません。
もし自分が突然亡くなったら、家族はこれらの存在すら把握できないかもしれません。暗号資産は永久に取り出せなくなり、SNSは故人のアカウントとして放置され、サブスクリプションは解約されないまま課金され続ける。そんな事態を防ぐために、この覚書を使って事前に準備しておくことができます。
覚書本体では、どんな状況になったら委託が発動するか(死亡、認知症の診断、本人の意思表示など)、受託者が負う義務、パスワードなどの機密情報の保管方法、処理完了後の報告義務などを定めています。パスワードや秘密鍵といった機密情報は覚書本体には書かず、別途封をした書面に記載して保管する方式を採用しており、セキュリティにも配慮しています。
別紙の「デジタル資産目録」では、SNSアカウント、暗号資産、ネット銀行、電子マネー、サブスクリプション、クラウドストレージ、ブログやWebサイト、YouTubeチャンネル、オンラインゲームなど、カテゴリごとに自分が持っているデジタル資産を一覧にできます。それぞれについて「削除する」「家族に引き継ぐ」「換金して相続財産にする」「追悼アカウントにする」といった処理方針を指定できるようになっています。
使う場面としては、終活の一環としてエンディングノートと一緒に準備するケースが多いです。また、暗号資産を多く保有している方、SNSやYouTubeで情報発信をしている方、一人暮らしで身寄りが少ない方、IT関係の仕事をしていてデジタル資産が多い方などに特に適しています。
Word形式でのご提供となりますので、ご自身の状況に合わせて項目を追加したり、不要な部分を削除したり、自由に編集していただけます。デジタル遺品整理の専門業者に依頼すると高額になりがちですが、この雛形を使えばご自身で、あるいは信頼できる方と一緒に、手軽に準備を進めることができます。
【2】条文タイトル
第1条(目的) 第2条(定義) 第3条(対象となるデジタル資産) 第4条(アクセス情報の保管) 第5条(処理方針) 第6条(発動事由) 第7条(乙の義務) 第8条(免責) 第9条(報酬) 第10条(届出義務) 第11条(有効期間) 第12条(覚書の変更) 第13条(秘密保持) 第14条(準拠法及び管轄)
【3】逐条解説
第1条(目的)
この条文では、覚書を作成する理由を明確にしています。自分が死亡したり、認知症などで判断能力が低下したりして、自分ではデジタル資産を管理できなくなる場合に備えることが目的です。従来の遺言書や相続手続きは銀行預金や不動産を想定して作られており、デジタル資産には対応しきれない部分があります。この覚書によって、デジタル資産専用の引継ぎ体制を整えることができます。
第2条(定義)
本覚書で「デジタル資産」とは何を指すのかを具体的に列挙しています。SNSアカウント、暗号資産とウォレット、ネットバンキング、電子マネーやポイント、サブスクリプションサービス、クラウドに保存したデータ、ブログやWebサイト、YouTubeなどの動画チャンネル、オンラインゲームのアカウントやアイテム、NFT、メールアカウントなどが含まれます。技術の進歩で新しいサービスが登場することを想定し、「その他インターネット上の資産」という包括的な項目も設けています。
第3条(対象となるデジタル資産)
実際に処理を委託するデジタル資産の範囲を特定する条文です。詳細は別紙「デジタル資産目録」に記載する形式をとっており、覚書本体を変更しなくても別紙を更新するだけで資産の追加や削除ができます。新しいサービスに登録したり、使わなくなったサービスを解約したりしたときは、別紙を更新して受託者に通知することになっています。
第4条(アクセス情報の保管)
パスワードや暗号資産の秘密鍵など、最も機密性の高い情報をどう管理するかを定めています。これらの情報は覚書本体や別紙には記載せず、別途封をした書面に書いて指定の場所に保管します。受託者は発動事由が生じるまで開封してはならないとすることで、セキュリティを確保しています。たとえば自宅の金庫や貸金庫に封緘した封筒を保管し、その場所だけをこの条文に記載するといった運用が考えられます。
第5条(処理方針)
各デジタル資産をどう処理してほしいか、6つの選択肢を用意しています。「削除・解約」は不要なアカウントやサービスを消去する場合、「指定者への承継」は家族などに引き継ぐ場合、「換金して相続財産に組み入れ」は暗号資産や電子マネーなど金銭的価値のあるものを現金化する場合に選びます。「追悼アカウント化」はFacebookなど対応しているサービスで故人のアカウントとして残す場合、「データのバックアップ後に削除」は写真などの思い出を保存してからアカウントを消す場合、「当面維持」は一定期間そのままにしておく場合に使います。
第6条(発動事由)
どのような状況になったら受託者が実際に動き始めるのか、その条件を定めています。死亡が最も典型的ですが、認知症と診断された場合や、本人が「もう自分では管理できない」と判断して書面で意思表示した場合、長期入院や行方不明など客観的に管理困難な状況になった場合も発動事由としています。死亡だけでなく生前の事態にも対応できる点が、遺言とは異なるこの覚書の特徴です。
第7条(乙の義務)
デジタル資産の処理を引き受ける受託者(乙)がどんな義務を負うかを規定しています。別紙の処理方針に従って速やかに処理すること、経過と結果を相続人に報告すること、換金で得たお金を引き渡すこと、アクセス情報を第三者に漏らさないこと、処理完了後はアクセス情報を記載した書面を廃棄することなどが含まれます。特に最後の廃棄義務は、処理完了後にパスワード情報が悪用されるリスクを防ぐために重要です。
第8条(免責)
受託者の責任が問われない場合を明記しています。サービスの利用規約で第三者のログインや譲渡が禁止されている場合、サービス自体が終了した場合、パスワードが古くてログインできない場合、二段階認証で本人のスマートフォンがないとアクセスできない場合などは、受託者が頑張っても処理できないことがあります。そのような場合に受託者を責めないという取り決めです。
第9条(報酬)
受託者への報酬を有償とするか無償とするかを選択できるようにしています。家族や親しい友人に頼む場合は無報酬とすることが多いでしょうが、専門家に依頼する場合や、手間のかかる処理が多い場合は報酬を設定することも考えられます。チェックボックス形式で選べるようになっています。
第10条(届出義務)
委託者と受託者の連絡先が変わった場合に、お互いに届け出る義務を課しています。この覚書は作成から発動まで何年も経過することがあるため、その間に引っ越しや電話番号の変更があっても連絡が取れるようにしておく必要があります。
第11条(有効期間)
覚書の有効期間を定めています。委託者の死亡後、デジタル資産の処理には一定の時間がかかるため、死亡後3年間は有効としています。また、委託者が生きているうちは、書面による意思表示でいつでも撤回できます。逆に受託者側からも、やむを得ない事情があれば解除できることとし、その場合は委託者が新しい受託者を探すことになります。
第12条(覚書の変更)
覚書の内容を変更する場合の手続きを定めています。原則として両者の書面による合意が必要ですが、別紙「デジタル資産目録」の更新については、新しいサービスの追加や解約などは頻繁に起こりうるため、委託者が受託者に通知するだけで変更できるようにしています。
第13条(秘密保持)
受託者が知り得た情報を外部に漏らさない義務を定めています。覚書の存在自体、アクセス情報、その他委託者に関する情報は、この覚書の目的以外に使用してはならず、第三者に開示してもいけません。ただし、発動後に相続人に対して必要な範囲で開示することは認められています。
第14条(準拠法及び管轄)
この覚書が日本の法律に従って解釈されること、万一紛争が起きた場合の管轄裁判所を定めています。契約書の末尾に置かれる一般的な条項ですが、関係者間でのルールを明確にするために設けています。
【4】FAQ
Q. デジタル遺産は普通の遺言書に書けないのですか?
A. 遺言書に書くことは可能ですが、いくつか問題があります。まず、遺言書は死亡時にしか効力が発生しないため、認知症や長期入院の場合に対応できません。また、遺言書にパスワードを書くと、検認手続きで裁判所に提出されるため、第三者の目に触れるリスクがあります。さらに、デジタル資産は頻繁に増減するため、その都度遺言書を書き換えるのは現実的ではありません。この覚書なら、別紙の更新だけで対応でき、パスワードも別管理にできます。
Q. 暗号資産を持っていますが、相続税はかかりますか?
A. はい、暗号資産は相続税の課税対象です。相続開始時点(亡くなった日)の時価で評価され、他の相続財産と合算して相続税が計算されます。価格変動が激しいため、思わぬ高額になることもあります。この覚書で暗号資産の存在と保管場所を明らかにしておかないと、相続人が把握できず、申告漏れになる危険もあります。
Q. SNSアカウントを家族に引き継ぐことはできますか?
A. 技術的には可能な場合もありますが、多くのSNSでは利用規約でアカウントの譲渡や本人以外のログインを禁止しています。この覚書で「承継」を希望しても、規約上実行できないケースがあることはご了承ください。Facebookには追悼アカウント管理人を指定できる機能があるなど、サービスによって対応は異なります。覚書の免責条項で、規約により処理できなかった場合は受託者の責任を問わないとしています。
Q. パスワードはどうやって伝えればいいですか?
A. この覚書では、パスワードや暗号資産の秘密鍵などの機密情報は覚書本体に記載せず、別途封をした書面に記載して保管する方式を採用しています。封筒に入れて封印し、自宅の金庫や貸金庫など安全な場所に保管してください。保管場所だけを覚書の第4条に記載します。受託者は発動事由が生じるまで開封してはいけないルールになっています。
Q. 二段階認証を設定しているサービスはどうなりますか?
A. 二段階認証は、ログイン時に本人のスマートフォンに届く確認コードを入力する仕組みです。このため、本人のスマートフォンが手元にないとログインできない場合があります。免責条項により、このような技術的制約で処理できなかった場合は受託者の責任にはなりません。対策としては、二段階認証の「バックアップコード」を発行してパスワードと一緒に封緘書面に記載しておくことが考えられます。
Q. サブスクリプションの解約だけでも意味がありますか?
A. 大いに意味があります。月額課金のサービスは、本人が亡くなっても自動的には解約されません。クレジットカードが有効な限り課金が続き、家族が気づくまで何ヶ月も無駄な支払いが発生することがあります。どのサービスに登録しているかを一覧にしておくだけでも、遺族の負担を大きく軽減できます。
Q. 受託者は誰に頼めばいいですか?
A. デジタル機器やネットサービスにある程度詳しく、信頼できる方がベストです。家族や親しい友人が候補になりますが、高齢の親御さんなどITに不慣れな方だと実際の処理が難しいかもしれません。IT関連の仕事をしている知人や、行政書士・弁護士などの専門家に依頼することも選択肢です。報酬条項があるので、専門家への依頼も想定した設計になっています。
Q. 別紙の資産目録はどのくらいの頻度で更新すればいいですか?
A. 最低でも年に1回は見直すことをお勧めします。新しいサービスに登録したとき、使わなくなったサービスを解約したとき、パスワードを変更したときなどは、その都度更新するのが理想です。更新したら受託者にも通知し、最新版を共有しておいてください。
【5】活用アドバイス
まずは自分が利用しているデジタルサービスを棚卸しするところから始めてください。スマートフォンに入っているアプリ、ブラウザのブックマーク、メールの受信履歴などを見返すと、意外と多くのサービスに登録していることに気づくはずです。別紙の資産目録を埋めながら、自分のデジタル資産の全体像を把握しましょう。
パスワードの管理方法を整理することも大切です。覚書とは別に、パスワードを一覧にした書面を作成し、封筒に入れて封印してください。封筒の表に「死亡または判断能力低下時に開封」などと記載し、保管場所は覚書の第4条に記入します。パスワード管理アプリを使っている場合は、そのマスターパスワードと、アプリ名・使い方も書いておくとよいでしょう。
処理方針は資産ごとに慎重に決めてください。思い出の写真が入ったクラウドストレージは「バックアップ後に削除」、仕事関係のSNSアカウントは「削除」、暗号資産は「換金して相続財産に」など、それぞれの性質に応じて方針を変えることができます。迷ったときは「当面維持」を選んでおき、一定期間後に相続人が判断できるようにしておく方法もあります。
受託者には事前に十分な説明をしてください。覚書の内容、発動のタイミング、実際にやってほしいこと、パスワードの保管場所などを伝え、了承を得たうえで署名をもらいましょう。受託者がデジタル機器に不慣れな場合は、簡単な手順書を一緒に渡しておくと安心です。
定期的な見直しを習慣にしてください。デジタルサービスは変化が早く、新しいサービスが登場したり、既存のサービスが終了したりすることは珍しくありません。最低でも年に1回、できれば半年に1回は別紙を見直し、パスワードの封緘書面も必要に応じて更新しましょう。
この覚書は法的な遺言書ではないため、できれば遺言書やエンディングノートと併用することをお勧めします。遺言書で「デジタル資産の処理については別途覚書のとおり」と記載しておくと、全体の整合性が取れます。
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