【1】書式概要
この「〔改正民法対応版〕船舶売買契約書」は、船舶の売買取引を行う際に必要となる正式な契約書の雛形です。2020年の民法改正に対応しており、船舶という特殊な財産の売買に関わる重要な取り決めをすべて網羅しています。
船舶の詳細情報、売買代金の支払条件、引渡し方法、所有権移転手続き、検査義務、契約不適合への対応など、トラブルを未然に防ぐための条項が盛り込まれています。中古船の売買を検討している個人オーナーや、海運業を営む会社、マリンレジャー関連企業などが、安全・確実な取引のために活用できます。
船舶特有の専門的な記載事項も含まれているため、一般的な動産売買契約書では対応しきれない船舶取引特有の事情にも配慮されています。実務で即使える書式として、記入箇所には「●●●●」などのプレースホルダーが設けられており、取引内容に応じて簡単にカスタマイズできるよう工夫されています。
【2】条文タイトル
第1条(目的)
第2条(売買代金)
第3条(検査)
第4条(引渡し)
第5条(負担の除去)
第6条(契約不適合)
第7条(残置物の処理)
第8条(引渡期限の徒過)
第9条(契約解除)
第10条(売買代金の返還)
【3】逐条解説
第1条(目的)
この条項では売主(甲)と買主(乙)の基本的な合意内容を明確にしています。船舶売買では、売買対象物の特定が極めて重要なため、船名・種類・船籍港・トン数・積載重量・主機関の種類・進水年月・船舶番号などの詳細情報を明記します。例えば「○○丸」という遊漁船を売買する場合、第三者が保有する同名の船舶と混同されないよう、これらの情報がすべて揃っていることが取引の安全につながります。また属具や備品も売買対象に含まれるため、後々のトラブル防止のためにリスト化しておくとよいでしょう。
第2条(売買代金)
売買代金の総額とその支払方法を定めています。船舶は高額な財産であるため、一般的には契約締結時の手付金と引渡し時の残金払いという二段階の支払いになることが多いです。例えば5,000万円の漁船を売買する場合、契約時に1,000万円、引渡し時に4,000万円というような分割払いを設定します。金額や支払時期は双方の事情や船舶の性質に応じて調整可能ですが、明確に期日を記載することで支払いに関するトラブルを回避できます。
第3条(検査)
船舶取引において最も重要な条項の一つです。船底検査などを通じて船舶が航海に耐えうる状態かを確認する権利を買主に与えています。例えば、検査の結果、船底に穴が見つかった場合、売主はその修理義務を負います。具体的にはドックでの修理が必要になることもあり、そのコストは売主負担となります。また、修理に時間がかかる場合は引渡期限の延期も認められており、買主の権利を保護しています。実務では、この検査に第三者である船舶検査機関や造船所を立ち会わせるケースも多いです。
第4条(引渡し)
船舶の具体的な引渡し条件を明記しています。いつ、どこで、どのような手続きと共に引渡しが行われるかを特定します。通常は特定の港で行われ、支払いと引換えに所有権移転登記手続きと船舶国籍証書の引渡しが同時に行われます。例えば「2023年6月15日に横浜港で残金支払いと引換えに引渡し」というように具体的に設定します。所有権移転登記費用は買主負担となっていますが、この点は当事者間の交渉で変更可能な事項です。
第5条(負担の除去)
売主は船舶に対する第三者の権利(抵当権など)をすべて除去してから引き渡す義務があることを明確にしています。例えば、銀行からの融資を受けて船舶を購入した売主が、その抵当権を抹消せずに売却しようとするケースがありますが、本条項によりそれが禁止されます。買主は完全な所有権を取得する権利があり、売主はそれを保証しなければなりません。実務では引渡し前に船舶登記簿を確認して、抵当権などの負担がないことを確認することが重要です。
第6条(契約不適合)
民法改正で「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へと変更された概念を反映した条項です。船舶引渡し後に物理的な契約不適合(例:エンジンの不具合、船体の損傷など)が発見されても、売主が故意に隠していない限り責任を負わないとしています。
例えば、引渡し数ヶ月後にエンジントラブルが発生した場合でも、売主がそれを知りながら隠していたという証拠がない限り、買主は修理費用を請求できません。中古船舶の場合は特に、この条項の存在が売主にとって重要な意味を持ちます。
第7条(残置物の処理)
船舶内に残された物品の取扱いについて定めています。引渡し時に船内に残されたものは売主が所有権を放棄したものとみなされ、買主が自由に処分できます。ただし、処分に費用がかかる場合(例:大量の廃油や産業廃棄物が船内に残されていた場合など)は、その処分費用は売主負担となります。実務ではトラブル防止のため、引渡し前に船内の物品リストを作成し、何を残すか何を撤去するかを明確にしておくことが望ましいでしょう。
第8条(引渡期限の徒過)
売主が引渡期限を過ぎても船舶を引き渡さない場合の対応を定めています。この場合、買主は通知や催告なしに契約を解除でき、売主は既に受け取った手付金を返還するだけでなく、買主の損害も賠償しなければなりません。
例えば、買主が次の事業のために船舶を購入する予定だったが引渡しがなされず事業開始が遅れた場合、その逸失利益も賠償対象となりうるでしょう。この条項は買主を保護するための重要な規定です。
第9条(契約解除)
当事者の責任によらない事由で契約の解除が認められる場合を列挙しています。具体的には、(1)不可抗力による船舶の滅失・毀損、(2)修理完了予定が引渡期限より14日以上遅れる場合、(3)修理費用が一定額を超える場合です。
例えば、契約締結後、引渡し前に台風で船舶が大きく損傷した場合や、検査で発見された損傷の修理に予想以上の時間や費用がかかる場合などが該当します。これらの事由が発生した場合、どちらの当事者も契約を解除できます。
第10条(売買代金の返還)
第9条の事由により契約が解除された場合、売主は既に受け取った手付金を買主に返還する義務があることを明確にしています。
例えば、引渡し前の台風で船舶が沈没してしまった場合、売主は既に受け取った契約金(手付金)を速やかに買主に返還しなければなりません。この条項があることで、不測の事態が発生した場合でも金銭的な処理が明確になり、余計なトラブルを避けることができます。