【1】書式概要
この契約書は、食品業界において自社ブランド商品を他社に製造委託する際に必要となる基本的な取り決めを網羅した書式です。2020年に施行された改正民法に対応しており、特に「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」への変更など、最新の規定を反映しています。
食品メーカーが自社ブランドの商品を製造委託(OEM)する場合や、製造業者が受託製造を行う際の権利義務関係を明確にすることで、取引上のトラブルを未然に防ぐことができます。原材料の調達、製造工程の管理、品質管理、納入条件、検査方法、代金支払い、知的財産権の帰属、製造物責任など、食品製造委託に特化した条項が盛り込まれています。
契約書の作成において特に重要なのは、食品衛生法や食品表示法などの遵守義務を明記し、安全性確保のための具体的な措置について定めることです。例えば、製造工程における異物混入防止や、トレーサビリティの確保などが詳細に規定されています。
この契約書は、食品メーカーと製造委託先との間で交わされる継続的な取引関係を構築する場面で活用できます。菓子、飲料、調味料、加工食品など、さまざまな食品カテゴリーのOEM取引に応用可能です。また、契約期間や更新条件も明確に定められており、長期的なビジネス関係の構築にも適しています。
【2】条文タイトル
第1条(目的)
第2条(信義誠実の原則)
第3条(個別契約)
第4条(発注)
第5条(製造・加工)
第6条(原材料の調達)
第7条(製造工程の管理)
第8条(品質管理)
第9条(納入)
第10条(検査)
第11条(契約不適合責任)
第12条(代金支払)
第13条(価格の変更)
第14条(秘密保持)
第15条(知的財産権)
第16条(製造物責任)
第17条(契約期間)
第18条(解除)
第19条(反社会的勢力の排除)
第20条(不可抗力)
第21条(権利義務の譲渡禁止)
第22条(再委託の禁止)
第23条(通知)
第24条(損害賠償)
第25条(契約の変更)
第26条(存続条項)
第27条(準拠法および管轄裁判所)
第28条(協議)
【3】逐条解説
第1条(目的)
この条項では契約の基本的な枠組みを定義しています。ここでは「甲」(発注者)が「乙」(製造者)に食品の製造・加工を委託し、その製品を納入してもらう取引の基本事項を定めることを明確にしています。
実務上は、例えばコンビニエンスストアのPB商品を製造する食品メーカーとの関係などが該当します。この目的条項により、契約全体の解釈指針が示されるため、後々の紛争予防にも役立ちます。
第2条(信義誠実の原則)
取引における基本姿勢として、双方が関連法令を守り、誠実に契約を履行することを定めています。食品業界では食品衛生法や食品表示法など特有の規制が多いため、この原則は特に重要です。例えば、原材料の虚偽申告やアレルゲン表示の不備などが発生した場合、この条項に基づいて責任を問うことができます。
第3条(個別契約)
基本契約と個別契約の関係性を規定しています。具体的な発注内容(数量、納期など)は都度変わるため、基本的なルールはこの基本契約で定め、具体的な取引条件は個別契約で定める二層構造となっています。
実務では、個別契約書を作成せず発注書で代用するケースも多いですが、この条項では書面による個別契約の締結を求めており、トラブル防止の観点から望ましい規定です。
第4条(発注)
発注から受注確認までのプロセスを明確化しています。特に3営業日以内に返答がない場合は承諾とみなす規定は、取引の円滑化に寄与します。
例えば、繁忙期に製造業者からの返答が遅れる場合でも、この規定があれば発注者は計画通りに進めることができます。ただし、製造側にとっては見落としのリスクもあるため、実務ではシステム化などの対応が必要です。
第5条(製造・加工)
製造者の基本的な義務を定めています。特に食品製造においては、各種食品関連法規の遵守義務を明確にしています。例えば、アレルギー表示の正確性や賞味期限の適切な設定などが該当します。製造者は自己責任において必要な設備や人員を確保する必要があり、人手不足の場合でも発注者に対して責任を負います。
第6条(原材料の調達)
原材料の調達責任を明確にしています。原則として製造者が調達責任を負いますが、発注者指定の原材料がある場合の規定も含まれています。
例えば、特定の産地の米や独自配合の調味料などを指定する場合が該当します。食品業界では原材料のトレーサビリティ確保が重要であり、この点についても明記されています。
第7条(製造工程の管理)
製造工程における品質管理や衛生管理の義務を規定しています。特に食品製造では、HACCPなどの衛生管理手法の導入が求められており、製造記録の作成・保管義務も明確にしています。例えば、異物混入事故が発生した場合、どの工程で問題があったかを追跡するためにこの記録が重要になります。
第8条(品質管理)
製品の品質保証に関する条項です。製造者は品質検査を実施・記録する義務があり、発注者には工場立入検査権が付与されています。例えば、定期的な微生物検査や官能検査の実施、そのデータ保管などが求められます。不測の事態に備え、発注者が抜き打ちで工場を視察できる権利は、特に大手食品メーカーではほぼ標準となっています。
第9条(納入)
製品の納入条件と所有権移転に関する規定です。所有権は検査合格時に移転するとされており、それまでのリスクは製造者負担となります。
例えば、配送中の事故で製品が破損した場合、特別な取り決めがなければ製造者の責任となります。また、納品書などの必要書類添付義務も規定されており、トレーサビリティ確保にも寄与します。
第10条(検査)
納入された製品の検査方法と期限を規定しています。10営業日という検査期間は業界標準的な期間であり、この期間内に不具合を発見できなかった場合は合格とみなされます。
例えば、賞味期限の短い生鮮食品では、この期間を短縮する特約を結ぶケースもあります。検査についての明確なルールがあることで、責任の所在が明確になります。
第11条(契約不適合責任)
改正民法に対応した契約不適合責任の規定です。旧民法の「瑕疵担保責任」に代わるもので、製品に契約で定めた品質や仕様との不適合があった場合の対応を定めています。
例えば、栄養成分表示の誤りや味のばらつきが発見された場合、この条項に基づいて修補や代替品の納入を求めることができます。請求期間が1年と明確に定められている点も重要です。
第12条(代金支払)
支払条件を明記しています。検査合格後、請求書受領から60日以内という支払期限は、食品業界では標準的な期間です。
例えば、月末締め翌々月末払いなどの支払サイクルもこの範囲に収まります。振込手数料を発注者負担としている点も、取引慣行に沿った規定です。
第13条(価格の変更)
価格変更のプロセスを定めています。原材料価格の高騰や為替変動など、外部要因による価格変更の必要性が生じた場合の協議プロセスを明確にしています。
例えば、小麦粉や砂糖などの国際相場商品を使用する場合、急激な価格変動に対応するための重要な条項です。ただし変更には双方の合意が必要とされており、一方的な値上げはできない仕組みになっています。
第14条(秘密保持)
相互の機密情報保護を規定しています。食品OEMでは、レシピや製造ノウハウなど多くの機密情報が交換されます。例えば、特殊な風味を実現するための配合比率や、独自の製造技術などが該当します。契約終了後も5年間の秘密保持義務があることも明記されており、ノウハウ流出防止に役立ちます。
第15条(知的財産権)
製品に関する知的財産権の帰属と使用権を規定しています。製品に関する知的財産権は原則として発注者に帰属するとされており、製造者はOEM製造目的以外での使用が禁止されています。例えば、同じ製品を自社ブランドで販売することはできません。また、製造過程で生まれた発明等の取扱いについても協議事項とされており、イノベーション創出のインセンティブにも配慮しています。
第16条(製造物責任)
製品の欠陥による第三者被害の責任分担を定めています。対外的には発注者が責任を負いますが、製造上の過失による場合は製造者に求償できるとしています。
例えば、異物混入事故で消費者が怪我をした場合、まずはブランドオーナーである発注者が対応し、原因が製造工程にあれば製造者に補償を求める流れになります。また、PL保険への加入義務も規定されており、リスク管理の観点から重要です。
第17条(契約期間)
契約の有効期間と自動更新の仕組みを規定しています。基本契約の期間は1年で、特段の申し出がなければ自動更新される仕組みです。
例えば、季節商品などの短期的製造委託ではなく、レギュラー商品の継続的な製造委託を想定した規定になっています。3か月前という予告期間も、代替製造先の確保や生産計画調整に必要な期間として適切です。
第18条(解除)
契約解除の条件を詳細に規定しています。債務不履行や倒産などの重大事由が生じた場合、相手方に催告・通知することで契約を解除できます。例えば、品質問題が繰り返し発生する場合や、支払い遅延が続く場合などに適用されます。解除権の行使は取引終了という重大な結果をもたらすため、要件が明確に定められている点が重要です。
第19条(反社会的勢力の排除)
いわゆる暴排条項です。反社会的勢力との関係排除を相互に表明・保証し、違反があれば即時解除できることを定めています。例えば、取引先の親会社が反社会的勢力と判明した場合などに適用されます。昨今の企業コンプライアンス強化の流れを受け、ほぼすべての商取引契約に盛り込まれる標準的な条項となっています。
第20条(不可抗力)
自然災害や戦争など、当事者の責めに帰さない事由による契約不履行について規定しています。例えば、地震で工場が被災した場合や、パンデミックで原材料調達が不可能になった場合などに適用されます。最近では、新型コロナウイルスや自然災害の増加に伴い、この条項の重要性が再認識されています。
第21条(権利義務の譲渡禁止)
契約上の地位や権利義務を第三者に譲渡することを禁止しています。例えば、製造者が委託された製造権を勝手に系列会社に譲渡することはできません。これにより、信頼関係に基づいて選定した相手との取引関係を保護することができます。M&Aなどで事業譲渡する場合には、事前に書面による承諾を得る必要があります。
第22条(再委託の禁止)
製造者が製造委託を受けた業務を第三者に再委託することを原則禁止しています。例えば、製造工程の一部を外注する場合でも、発注者の事前承諾が必要です。食品の安全性確保やブランド価値保護のため、製造工程のコントロールは極めて重要であり、この条項はそれを担保するものです。
第23条(通知)
契約に関する通知方法と連絡先を規定しています。書面(電子メールを含む)による通知を原則とし、連絡先変更時の通知義務も明記しています。
例えば、担当者変更や本社移転などの際に連絡漏れがあると、重要な通知が届かない恐れがあります。電子メールが明示的に含まれている点は、現代のビジネス実態に即した実用的な規定です。
第24条(損害賠償)
契約違反による損害賠償の範囲を規定しています。賠償範囲を「違反行為と相当因果関係のある通常かつ直接の損害」に限定する規定は、予測不能な間接損害や特別損害を除外する効果があります。
例えば、製品の品質問題で発注者がリコールを行った場合、直接的な回収費用は補償対象になりますが、ブランドイメージ低下による将来の売上減少などは対象外となります。
第25条(契約の変更)
契約内容の変更方法を規定しています。変更には書面による合意が必要とされており、口頭での約束は避けるべきことが明記されています。
例えば、取引条件の変更や新たな義務の追加などの際には、必ず書面で変更契約を締結する必要があります。これにより、後々の「言った・言わない」の紛争を防止できます。
第26条(存続条項)
契約終了後も効力が続く条項を明記しています。契約不適合責任、秘密保持、知的財産権、製造物責任などの重要条項は契約終了後も効力を持ちます。
例えば、契約終了後に発見された品質問題や、終了後の機密情報漏洩についても責任を問うことができます。特に食品は長期保存されるケースもあるため、製造物責任の存続は消費者保護の観点からも重要です。
第27条(準拠法および管轄裁判所)
契約に適用される法律と紛争解決の場を指定しています。日本法を準拠法とし、特定の地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所としています。
例えば、海外企業との取引では準拠法が特に重要になります。また、管轄裁判所を明確にすることで、紛争発生時の対応がスムーズになります。
第28条(協議)
契約に定めのない事項や解釈に疑義が生じた場合の対応を規定しています。このような場合、当事者間の誠実な協議によって解決することが求められます。
例えば、技術革新により製造方法が大きく変わった場合など、契約締結時に想定していなかった状況への対応が必要になった際に適用されます。この条項は、契約の柔軟性と実用性を担保するセーフティネットとして機能します。