【1】書式概要
この契約書は、農業従事者が農地を農地のまま第三者に売却する際に使用する専門的な契約書雛形です。宅地などへの転用を行わず、買主が引き続き農業目的で土地を活用することを前提としており、農地法第3条に基づく農業委員会の許可を必要とする取引に特化した内容となっています。
農業の後継者不足や経営規模拡大を検討している農家の方々にとって、この契約書は非常に実用的なツールとなります。特に売主側の権利保護を重視した条項構成となっており、代金未回収のリスクや契約後のトラブルを最小限に抑える工夫が随所に盛り込まれています。改正民法にも完全対応しているため、最新の制度に基づいた安心の取引が可能です。
実際の使用場面としては、離農を検討している農家が近隣の農業従事者に農地を譲渡する場合、農業法人が事業拡大のために個人農家から農地を購入する場合、相続で農地を取得したものの農業を継続しない相続人が農業者に売却する場合などが想定されます。手付金の設定から代金決済、農業委員会への許可申請手続きまで、農地売買に必要な全ての要素を網羅した実践的な書式です。
【2】条文タイトル
第1条(本件土地の売買)
第2条(手付金)
第3条(代金の支払い)
第4条(本件土地の引き渡し・所有権の移転)
第5条(境界画定・実測面積との関係)
第6条(危険の移転)
第7条(公租公課)
第8条(保証)
第9条(手付解除)
第10条(催告解除・無催告解除・損害賠償)
第11条(責任制限)
第12条(合意管轄)
第13条(協議)
【3】逐条解説
第1条(本件土地の売買)
この条項では売買対象となる農地の基本情報を明記します。所在地、地番、地目、地積といった登記上の情報を正確に記載することで、後々の紛争を防止する役割を果たします。地目が「田」や「畑」となっている農地であることの確認が重要で、宅地や雑種地との区別を明確にします。また、売買代金を消費税別で表示している点も注目すべきポイントです。個人間の農地売買では通常消費税は課税されませんが、法人が売主の場合は課税対象となる可能性があるため、この表記により税務上のトラブルを回避できます。
第2条(手付金)
手付金制度により買主の購入意思を担保し、売主のリスクを軽減します。一般的に売買代金の1割程度を手付金として設定することが多く、この金額が契約の真剣度を示すバロメーターにもなります。例えば1,000万円の農地売買であれば100万円程度の手付金を設定するケースが典型的です。手付金は最終的に売買代金の一部に充当されますが、無利息での扱いとなる点も売主に有利な条項といえるでしょう。
第3条(代金の支払い)
農地売買では一括払いが原則ですが、高額な取引では分割払いも検討されます。この条項では柔軟な支払い方法を設定できるよう配慮されています。農業委員会の許可が下りるまでには通常2~3ヶ月程度かかるため、許可取得後の支払いスケジュールを現実的に設定することが重要です。分割払いの場合は買主の信用状況を十分に確認し、担保設定なども検討する必要があります。
第4条(本件土地の引き渡し・所有権の移転)
農地売買の特殊性がよく現れている条項です。通常の不動産取引と異なり、農地法第3条の許可が必要となるため、売主が農業委員会への許可申請を責任をもって行うことを明記しています。許可が下りなければ所有権移転登記ができないため、この手続きの重要性は計り知れません。登記費用を買主負担とする点も売主に有利な条項設計となっています。
第5条(境界画定・実測面積との関係)
農地は山間部や郊外に位置することが多く、境界が不明確なケースも少なくありません。この条項により売主の境界確定責任を免除し、面積の誤差についても売買代金の調整を行わないことを定めています。例えば登記簿上は1,000平方メートルとなっていても、実測では980平方メートルしかなかった場合でも、買主は代金減額を請求できません。これは売主にとって非常に有利な条項です。
第6条(危険の移転)
天災や不可抗力による農地の滅失・毀損リスクをいつの時点で買主に移転するかを定めています。引き渡し前に台風や地震などで農地が被害を受けた場合、買主は代金支払いを拒否できます。しかし引き渡し後は買主がリスクを負担することになるため、引き渡しのタイミングが重要な分岐点となります。
第7条(公租公課)
固定資産税や都市計画税などの公租公課の負担区分を所有権移転登記日で区切ることを定めています。農地の固定資産税は宅地に比べて大幅に軽減されているため、金額的には大きな問題にならないケースが多いですが、明確な区分により後日の争いを防止します。
第8条(保証)
売主の保証責任を包括的に定めた重要な条項です。農地に抵当権が設定されていたり、小作人が存在したりする場合、買主の完全な所有権行使が妨げられる可能性があります。売主はこうした権利の不存在を保証し、問題が発生した場合は自己負担で解決することを約束します。例えば農地に古い根抵当権が残っていた場合、売主が抹消費用を負担して権利関係をクリアにする義務を負います。
第9条(手付解除)
契約の履行に着手するまでの間、当事者双方が手付金により契約を解除できる制度です。売主が解除する場合は手付金の倍返し、買主が解除する場合は手付金の放棄となります。履行の着手とは具体的に代金の一部支払いや農業委員会への許可申請などを指します。この制度により一定期間は契約から離脱する機会が確保されています。
第10条(催告解除・無催告解除・損害賠償)
買主の信用不安や反社会的勢力との関係が判明した場合の対処方法を定めています。農地売買では買主の農業経営能力や資金力が重要な要素となるため、これらに問題が生じた場合は売主を保護する必要があります。特に反社会的勢力の排除条項は現代の契約書には不可欠な要素となっています。
第11条(責任制限)
農地を現状有姿で売買することを前提とし、売主の責任を大幅に制限した条項です。土壌汚染や地中埋設物などの問題があっても、売主の故意・重過失がない限り責任を負わないことを定めています。これは売主にとって非常に有利な条項で、予期せぬ責任追及を回避する効果があります。
第12条(合意管轄)
契約に関する紛争が生じた場合の裁判所を事前に指定します。通常は売主の所在地を管轄する地方裁判所を指定することが多く、売主の利便性を考慮した条項設計となっています。
第13条(協議)
契約書に記載のない事項や解釈に疑義が生じた場合の対処方法を定めています。まずは当事者間での話し合いによる解決を目指すことを確認し、円満な取引関係の維持を図っています。